当研究室では有機合成を基盤として研究を進めており、体内のタンパク質に作用する化合物を有機合成し、細胞レベルおよび動物レベルで生物活性評価を行い、医薬品のタネとなりうる化合物を探しています。また、体内に存在する各種の酵素に対して安定に存在できる化合物を創製することで、新規の機能性材料への応用を目指しています。以下に主な研究内容を示します。

1. ニューロンへの分化を誘導する新規ビタミンK誘導体の探索

ビタミンKには植物由来のビタミンK1(1)と菌類由来のビタミンK2(2)が存在し、生体内で血液凝固因子や骨形成に関与する補酵素と働くことが一般的に知られています。最近になって、核内受容体を介した転写調節作用など生体内で重要な役割を担っていることが明らかにされてきました。また、特にビタミンKは脳に多く含まれているため、脳において未だ明らかにされていない何らかの重要な働きを担っていると考えられています。そのひとつとして最近、ビタミンKがマウス胎仔大脳由来の脳神経幹細胞をニューロンへ選択的に分化させる作用をもつことが明らかにされました。私たちはこのビタミンKの骨格を基にして、分化誘導作用をさらに高めた誘導体をデザイン・合成し、強力な作用をもつ化合物を探索しています。脳神経幹細胞は成人の脳の中にも存在していることが最近の研究で確かめられており、ニューロンへの分化を強力に誘導する化合物は、アルツハイマー病をはじめとした脳神経変性疾患により失われたニューロンを再生できる可能性があります。

2. 体内で安定に存在できるコラーゲンペプチドの合成

コラーゲンは腱、軟骨、骨の有機間質、そして眼の角膜のような結合組織中に見られる重要なタンパク質であり、人工臓器をはじめとした再生医療へ応用するための材料として注目されています。また、左巻きのポリペプチド鎖が寄り集まって右巻きの3本鎖ヘリックス構造をとることで、繊維組織や骨格の構造維持に必要な性質を示すことが知られており、化学的にも興味深い物質です。当研究室では体内の加水分解酵素に対して耐性をもつ安定な人工コラーゲンの創製を行っています。つまり、コラーゲンを構成するα−アミノ酸を他の化合物に変換したコラーゲンペプチド模倣物の合成を行い、新規の機能性材料への応用を目指しています。

3. 新規糖質類縁体の合成化学的構築と生理活性物質への応用

天然由来の糖化合物は、複雑な水酸基の選択的保護やグリコシル化反応などのため合成が困難なうえ、生体内の酵素により速やかに分解されてしまう欠点を持っています。そこで全く新しい糖質類縁体によりそれらの問題を解決する一助にする目的で、C-グリコシドである“糖アミノ酸(GA:glycamino acid)”を構築単位とする新規糖質類縁体を合成しています。このGAはC-1位にカルボキシル基を有し、水酸基の一つを選択的にアミノ基に置換した単糖誘導体です。GAをビルディングブロックとしてアミド結合を有するオリゴ糖類縁体を容易に構築出来ると同時に、結合配位をGA単位で完全に制御出来る利点があります。またこのように合成した糖アミノ酸は、天然の糖鎖と比較してどのような生物活性を有するのかを調べています。さらに、これらの化合物の中にはβ-アミノ酸とみなすことが出来るものがあり、引き続き機能性材料としての可能性を検討しています。

4. 核内受容体に対してアゴニスト活性をもつ新規化合物の探索

脂溶性ビタミンはビタミンA、D、Kなどが存在し、それらは核内受容体であるレチノイドX受容体(RXR: retinoid X receptor)、ビタミンD受容体(VDR: vitamin D receptor)、ステロイドX受容体(SXR: steroid X receptor)にそれぞれ特異的に結合し、各種遺伝子の発現を誘導することが知られています。私たちはこれまでに、それら脂溶性ビタミン類の構造の一部を他の官能基に変換するなどして受容体との結合能を高め、高い生理活性を有する化合物を得ることに成功してきました。その一例として、ビタミンK2(メナキノン−3)の側鎖末端部分にベンゼン環を導入した化合物を合成し(下図)、SXRを介した転写活性を調べたところ、SXRリガンドとして知られているリファンピシンより強い活性を示すことが明らかとなりました。その結合状態を計算科学の手法を用いて、化合物が受容体にどのように結合しているのかを解析しました。これらの情報を基にして、さらに強いアゴニスト活性を有する化合物を見出す試みを行っています。